麻疹

麻疹

  • Paramyxovirus科Morbillivirus 属の一本鎖RNAウイルスによって引き起こされる急性の発熱と発疹を伴う疾患
  • f 空気感染(飛沫核感染)、飛沫感染、接触感染と様々な経路で感染する
  • 実効再生産数(一人の感染者が発生させる二次感染者数)は9〜18と感染力は非常に強い
  • 麻しんウイルスは熱、紫外線、酸、エーテル等で容易に不活化され、空気中や物体表面での生存時間は最大で2時間程度とされる
  • 5類感染症であるが、届け出基準(後述)を満たせば保健所に届け出る必要がある

【発生動向】

  • 2008年には11013例の麻疹症例が報告された
  • 2015年日本に対してWHO西太平洋地域事務局から麻疹の排除認定がなされた
  • 以後はほぼ散発的である。2019年には海外からの持ち込み症例を発端とした医療機関での集団発生があった
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従って、本邦では麻疹は非常に稀であるが、集団発生などがみられる時期には十分に注意する必要がある

【病態】

  • 感染部位周囲の局所のリンパ節の免疫細胞に感染して増殖し、さらに血流に乗って全身のリンパ節に運ばれ、そこで全身の免疫系細胞に感染して増殖する
  • このため患者は一過性に強い免疫機能抑制状態を生じる
  • 麻しんウイルスそのものによる症状だけでなく、他の細菌やウイルス等による二次感染を受けやすくなる

麻疹ウイルスは一過性の強い免疫抑制状態をおこす

【症状】

  • 潜伏期は6〜21日
  • 典型的な経過は、カタル期、発疹期、回復期に分けられている
  • 一回の感染、あるいは2回のワクチンで通常、終生免疫を獲得する
(カタル期)
  • 発熱は39-40と高熱が多い
  • 上気道炎症状(咳嗽、鼻漏、咽頭痛)と結膜炎症状(結膜 充血、眼脂、羞明)がほぼ同時に現れる
  • 本邦の研究で成人では咳嗽と咽頭痛は88%、結膜炎は約87%に出現したという報告がある(*5)
  • それぞれの症状は下図のような時間経過で出現する

Koplic斑
  • 両側臼歯側面の頬粘膜に生じる径1〜3mmの白斑で周囲をやや隆起した紅暈に囲まれている
  • 皮疹出現に先行する1〜2日前に出現し、1〜3日で消失する
  • 確認出来れば診断的価値は高いが、無くても麻疹を否定できない ・本邦の報告では成人で88%で出現したとされている(小児は82% )
(発疹期)
  • 皮疹は頭部からはじまり、2日程度かけて下行性に全身に拡大する
  • 淡紅色で扁平な紅斑からはじまり、しだいに濃紅色の丘疹となる
  • 7日目あたりから消退しはじめ、色素沈着や落屑を起こす

(回復期)
  • 合併症が生じなければ、皮疹出現後7〜10日で軽快する
  • 合併症(後述)を起こすリスクは約30%と低くはない
  • 咳嗽は1〜2週間遷延することが多い
(修飾麻疹)
  • 麻しんウイルスの感染に対する免疫が不十分な場合、例えば母体からの移行抗体をもつ乳児、麻しん含有ワクチンによって誘導された免疫が不十分な場合、麻しんウイルスに曝露された後に人免疫グロブリン製剤を投与された場合等に生じる
  • 上記のような典型的な経過を示さないため、症状による診断はほぼ不可能
  • 周囲の発生状況などから判断して検査によって診断する以外はない

検査所見

  • 白血球減少、特にリンパ球減少、血小板減少、異形リンパ球 ・肝機能障害。ほとんどは2桁台であり、100を越えるのはまれ

麻疹が疑われる患者が外来受診した場合には、直ちに空調が独立した陰圧式の個室隔離を行う

【診断】

  1. カタル期に受診した場合は通常の上気道炎との鑑別は非常に困難
    • ほぼ唯一の手掛かりは「比較的強い結膜炎」
      ⇒ 結膜炎の強い上気道炎はKoplic斑を確認する習慣をつける

  2. 発疹期に受診した場合は「発熱+発疹」のカテゴリーに入るので、麻疹と風疹は必ず鑑別にいれる
    • 麻疹、風疹罹患歴、ワクチン接種歴、周囲での発生の有無、3週間以内の海外渡航歴を問う
    • 皮疹が頭部、顔面から始まったのではなければ麻疹、風疹の可能性は低くなる
  3. 検査による診断
    • 麻疹IgM抗体は皮疹出現後4日でほぼ全例陽性となるが、3日以内では75%程度である
    • パルボウイルスB19、風疹、HHV-6、EBVなどで交叉反応を起こして偽陽性となる
    • 保健所に届け出れば、通常はPCR法によって測定してもらえる(保険適応なし)

【保健所への届け出基準】

  • 「症状」に示したような皮疹と発熱と上気道症状が3つ揃えば検査無しでも届け出を行う(診断基準ではない)。この段階で風疹との完全な鑑別は不可能
  • 保険適応があるのは抗体検査のみであり、臨床を考えれば抗麻疹IgM抗体一択であると考える
風疹

治療と経過観察

  • 特異的な治療はなく対症療法のみ
  • 感受性がある者が患者と接触した場合は、72時間以内であれば麻疹ワクチン、6日以内であればγーグロブリン製剤の投与を行えば、発症の予防、または軽症化が期待できる
  • 学校保健法では解熱後3日までは出席停止

【合併症】

  • ウイルス性肺炎 病初期に認められる。乳児死亡例の60%を占める
  • 細菌性肺炎 発疹期をすぎて解熱せず、呼吸器症状が遷延する場合に考える
  • 脳炎 0.05〜0.1%で合併、思春期以降の麻疹による死因としては重大25%は精神発達遅滞、痙攣、片麻痺、対麻痺などの中枢神経系合併症を残し、約15%は死亡する
  • 中耳炎 約7%にみられる最多の合併症で細菌の二次感染により生じる
  • クループ症候群 喉頭炎、喉頭気管支炎を生じる
  • 亜急性硬化性全脳炎 麻疹ウイルスの中枢神経への持続感染により、初感染後の5〜10年後に起こる。緩徐進行性で若年発症の認知機能障害という形を取ることが多い
参考文献)
  1. 猿田享男 監修「1252専門家による私の治療 2021-2022年度版 麻しん 三﨑貴子」日本医事新報社 2022.
  2. 国立感染症研究所「麻しんとは」
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/518-measles.html
  3. 国立感染症研究所感染症疫学センター「医師による麻しん届出ガイドライン 第五版」 2023
  4. 國松淳和「外来でよく診るかぜ以外のウイルス疾患」医事新報社 2018
  5. 高山直秀 他「成人麻疹入院患者の臨床的検討:小児麻疹入院患者と比較して」感染症誌77:815~821,2003