急性下痢

急性下痢症

    ・ほとんどの急性下痢症は特別な治療を行わなくても改善する感染性腸炎であるが、一部にハイリスクな全身疾患、腹部疾患が含まれている


【Step1】ハイリスク疾患の除外


下痢という症候にとらわれず、まずは全身的重症度を評価する


1. ハイリスクの全身疾患の除外

    ★ ショック、意識障害などバイタルの増悪がある場合は「下痢」ではなく、それらの症状から鑑別を始める

    ・敗血症、髄膜炎、肺炎、尿路感染症、胆道感染症、アナフィキラシー反応などは、下痢を起こすことがあり、原疾患の症候を見逃すと誤診するリスクがある
    ・従って、重症を示唆する所見があるときは、下痢があるからといって、短絡的に「急性腸炎」などと診断せず、理学所見、画像所見、血液所見などを総合して丁寧に鑑別を行う

    ・当然であるが、ショックがあれば鑑別診断は下痢ではなくショックで行う

    ・急性副腎不全でも急性胃腸炎に似た症状を生じる場合があり、また急性胃腸炎を誘因として急性副腎不全が発症する場合もある
    ・甲状腺クリーゼも症候として下痢があり得る
敗血症リスク評価(qSOFA,NEWS)
Toxic Shock Syndrome
急性副腎不全
甲状腺クリーゼ

2. リスクの高い腹部疾患の除外
腹膜刺激症状や血便があれば以下の重篤な疾患の鑑別が必要
    ・該当するものをチェック

    血性下痢(下血) 腹膜刺激症状
腸間膜虚血症   
虚血性腸炎    
急性虫垂炎    
憩室炎   
溶血性尿毒症症候群(HUS) 
    ・バイタルが安定していれば、まず、しっかりと腹部の理学所見をとる
    ・腸間膜虚血症では、基本的には腹痛が主訴となるので、下痢として鑑別診断することはあまりないと思われるが念頭にはおくべきである
    ・血便だけで腹痛を訴えない場合でも腹部の理学所見は注意してとるべきである。この場合は腹膜刺激症状があれば虫垂炎や憩室炎よりもまず腸間膜虚血症を鑑別すべき
    ・急性期死亡リスクのある溶血性尿毒症症候群は腸管出血性大腸炎に引き続いて数日〜10日で生じる


【Step2】ハイリスク所見がなく、原因への暴露、会食者での発症があれば感染性腸炎を考えてみる

    ・バイタルの異常、血便、強い腹痛、重症感などがあればハイリスク疾患を疑う(Step2へ)。まず、それらがないことを確認する。
    ・急性下痢は多くの場合は急性胃腸炎で95%以上は特別な検査や治療を必要としない
    ・急性胃腸炎には小腸型と大腸型がある
      小腸型:悪心、嘔吐が強く、発熱は乏しく腹痛も弱い。便中白血球は陰性で血便はない
      大腸型:悪心、嘔吐は弱く、しばしば高熱となり、腹痛が強く、テネスムスがみられる。便中白血球が陽性で血便がみられる


       ・ノロウイルスの消毒にはアルコールは無効であり、次亜塩素酸を用いる
       ・普通の消毒には200〜300ppm以上、吐物や便の処理には1000ppmを用いる

 

重症度の判定

    ・炎症性の下痢では、腸管組織の破壊を伴い、発熱、強い腹痛、血便などの症候があることが多い
    ・重症下痢では脱水を伴うことも多い
    ・重症度を評価し入院の必要性を判定する
    (重症下痢の徴候)

    下痢の回数>6回/日 3日以上改善しない 血便、膿性便
    38℃以上の発熱が2日以上続く 強い腹痛 テネスムス
       テネスムス: 便意があっても便が出ない、あるいはごく少量しか出ない状態
    (脱水徴候の確認)

    口渇 ふらつき、たちくらみ 尿量減少 血圧低下
    頻脈 眼球陥凹 皮膚ツルゴール低下 口腔粘膜乾燥 腋窩乾燥
       ツルゴール低下: 手背の皮膚をつまんで持ち上げ、2秒以内に皮膚がもとの状態に戻らないとき低下と判断する

重症下痢の可能性

脱水の可能性

    ・重症であれば必要に応じて便培養や抗生剤の投与を行う
    ・脱水があれば輸液の必要性を検討する

サルモネラ感染症
    (検査と治療)

    ・可能なら便中白血球の鏡検(感度30.8% 特異度96% *5)
    ・大腸型で重症、あるいは重症化リスクが高い場合(免疫抑制、高齢、妊娠)などのある場合のみ抗生剤治療を考える。最多はカンピロバクター。抗生剤投与を行う場合は便培養を行う
    ・熱が無く血便を伴う場合は腸管出血性大腸炎が疑われる。HUS発症リスクが増加するので抗生剤は原則的には使わない

    アジスロマイシン 500mg/日 3日間

【Step3】入院患者の下痢

    ・入院患者の下痢症では必ずC.difficile感染症の可能性を検討する
C.difficile感染症
    参考文献)
    1.豊田 耕一郎「骨粗鬆症性椎体骨折の高位診断に棘突起打痛は有用か」日本腰痛会誌 12巻1号 2006年 10月
    2.德田安春「病歴と身体所見の診断学」医学書院 2017
    3.上田剛士「ジェネラリストのための内科診断リファレンス」医学書院 2013
    4.岡秀昭「感染症プラチナマニュアルVer.7」メディカルサイエンスインターナショナル 2021
    5. RODGER P. SILLETTI et.al Role of Stool Screening Tests in Diagnosis of Inflammatory Bacterial Enteritis and in Selection of Specimens Likely To Yield Invasive Enteric Pathogens J Clin Microbiol. 1996 May: 34(5):1161-5